
お寺の歴史
2020/03/06 2020/03/11
開山は寧一山国師(号を一山一 寧 )
中国の生まれで、元の世祖が彼の才学を認め密偵として、正安元年(1299年)日本に派遣されたが見破られて捕えられ、伊豆修善寺へ幽閉されたが、のちに許されて鎌倉円覚寺、建長寺を主宰せしめた。

開基は鎌倉幕府執権北条時頼で創建当時は鎌倉建長寺派であったが、のちに臨済宗妙心寺派に転じた。
ご本尊は阿弥陀如来像で宝冠を付け、胸珱珞をつけた全国でも類例の少ない尊像である。気品あふれるお顔は拝する人をして法悦の境地に誘う感がある。
快慶若しくはその弟子の作として鑑定されている。寺宝に北条時頼と重時が連署し、京の六波羅探題に宛てた建長元年(1249年)8月23日差出の書状が保存されている。
裏の庭園は池をめぐらし山水の美を配した廻遊式名園として知られ鶴と亀の形をした縞の配置も見事である。
以前はガマ蛙やその他の蛙が交尾期になると何所からともなく無数に集まり、その鳴き合うさまはすさまじい程で、最明寺の蛙合戦と呼ばれていた。
寺は駿河湾と伊豆半島を目前に望む高台にあって、四季それぞれの眺めが美しい。